らら・カフェ 2020秋号(第52号)/ 2020年9月
避難指示が解除されたばかりの双葉町中野地区に、この秋「東日本大震災・原子力災害伝承館」が完成した。震災と原子力災害の記憶伝承の拠点として、そして、災害の教訓と防災技術を全世界に発信するための研修施設として、これからの重要な役割を担う場所である。今回、9月のオープンに先駆けて、その目的と将来構想を館長の高村昇氏に伺った。
高村:福島は2011年の東日本大震災に加え、原子力災害を経験した世界で唯一の経験を持つ場所です。原子力災害としては1986年に旧ソ連のチェルノブイリ事故があり、そこでは30㎞圏内の住民が避難をしたのですが、その後帰還できていない。福島の場合には同じく多くの方々が避難をされたのですが、その後除染を進め、自分のふるさとに戻り、復興していくというのは、これまで世界では経験のないことなんです。ふるさとに戻るまでの間、住民の皆さんは長期にわたる避難生活や、根強い風評被害の問題などに抗いながら、この10年を過ごされてきました。
「東日本大震災・原子力災害伝承館」は、そうした世界でも非常に希有な経験をした福島の10年間の中で得られた資料などを集め、福島県内外の、そして世界中の人たちに知ってもらうというのが、大きな事業の柱となっています。震災の伝承館は他県にも存在しますが、原子力災害という、他で経験していないものを伝承するということが、非常に重要であると考えています。
同時に福島イノベーション・コースト構想として、福島県の浜通り地域で、ロボットテストフィールドなど、新しい産業の創出が非常に大きな柱になるのですが、一方で原子力災害からの記憶を単に集めるのではなく、そこから新しい科学的な知見と事故の反省を、次の世代にどう活用していくか、これも一種のイノベーションであると考えています。例えば反省の中から新しい廃炉技術が生まれたり、あるいは健康への影響に関する評価であったり、震災資料の収集から築き上げていくというのも、一つの方向性だと思っています。
この伝承館は資料の収集・保存・展示を通した情報の発信という役割もありますが、同時に研究も行います。これは様々な情報を収集すると同時に体系化し、あるいはそこから得られた知見について学問的にまとめるということです。そうした取り組みを通じて、将来的な防災や減災につなげるための研究活動を行っていきたいと考えています。
つまり日本中、世界中から行政や原発の関係者を呼び、防災の技術を学び、利用してほしいという発信もやっていくのでしょうか。
高村:そうですね。例えば現に日本には原発立地県があり、世界にも原発を持つ地域があります。それ以外にも自然災害リスクが高い地域もあります。そういった地域の行政の方に来ていただいて、防災の面から今後どのようなことに備えるべきなのかを知っていただくというのは非常に重要なポイントであると思います。
さらに、放射線から身を守る・放射線防護学、災害科学などを学ぶ学生や研究者の方々、特に若い研究者には、ぜひこの伝承館に来ていただいて学んでほしいと思っています。
伝承館ではそのために多言語化も進めています。英語はもちろん中国語(簡体字・繁体字)・韓国語の五カ国語に対応しています。将来、当館に隣接される予定の産業交流館とも連携し、様々な研修事業・シンポジウムを国際レベルでも開催できるようにしていきたいと考えています。イノベーション・コーストというのは、新しい産業分野の創出により、地域が活性化するというのが大きな目的だと理解しています。この施設が国内外の人材の育成の場として機能することで、福島のイノベーション・コーストとしての一翼を担いたいと思います。