らら・カフェ 2017夏号(第39号)/ 2017年6月
変わる 福島第一原発の今
ー廃炉まで40年、ここで働くことの誇りとは…
6年前、東日本大震災後に原発事故が起きた福島第一原子力発電所――ここは今も、そしてこの先何十年も、「原発事故現場」として語り継がれていきます。福島に住む私たちが、このレッテルをマイナスからプラスに変えていくために出来ることは何でしょう。事故のこと、廃炉のこと、そこで働く人々のことを正しく知り、伝えることもその一つです。現場は刻々と変わっています。高校生や大学生が率先して現場視察に訪れる今、過去の情報に縛られない前向きな姿勢がこれからの復興を支えていくのではないでしょうか。事故現場の今、そして、そこで働く人々の今―福島第一原発視察から、福島の未来を探ってみたい。
事故から6年…変わる廃炉現場の今
「現在、私共が信頼を失ってしまったことで、今の状況を説明してもなかなか信用して頂けないのが現状です。だからこそ皆様に現場を見て頂き、感じたことを率直に伝えて頂きたいのです。昨年は高校生や大学生、一般の社会人、企業など1年間で約1万人の方が視察に訪れています。その中で私共は良い事だけでなく、出来ていない部分、今後の課題なども含めて説明させて頂いています。」
――こう話すのは、東京電力ホールディングス福島第一廃炉推進カンパニー広報部の廣瀬大輔さん。今回の「らら・カフェ」取材に同行し、福島第一原子力発電所(以下1F)の廃炉現場の現状を説明してくれた人。今まで何十回も1F視察者への対応をしてきたのだろう…少しでも多くの事実を持ち帰って欲しいという熱意が伝わってくる。
「事故から6年が過ぎて、廃炉作業は進捗しているのかといわれ
ますが、実際はやっとスタートラインに立ったばかりです。本当の意味での廃炉は、燃料デブリ(原子炉の燃料が融け落ちて固まったもの)と使用済み燃料を取り出し、リスクをゼロにすることです。現在は構内の瓦礫を撤去し、フェーシング(土の表面をコーティングすること)などで現場の放射線量を下げ、作業環境を整えたところです。廃炉作業は並行して行ってはきましたが、実際はこれからが本格的な事業になります。」
――つまり、事故後の現場処理が済み、ようやく本格的に廃炉に取り組む環境が整ったということ。実際、構内全体の95%が一般作業服に簡易マスクで作業が出来るようになった。事故当初の〝保護着に全面マスク〟を着装しての作業は、1~3号機原子炉建屋周辺に限られてきている。それによって、作業者の顔(表情)が見えるようになり、挨拶や言葉を交わす機会も増えて現場の雰囲気が明るくなったという。